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4-3. ゾウガメを救え! その1 受難の歴史と保護増殖事業(西原弘)

4-3. ゾウガメを救え! その1 受難の歴史と保護増殖事業(西原弘)

ゾウガメの受難

 16世紀以降、ガラパゴス諸島は海賊船の根城として、さらに18世紀以降は捕鯨船の補給基地として利用された。その間、無人島ではあったが、航海中の食料として多数のゾウガメが持ち去られた。ゾウガメは船に積まれてのち何ヵ月もの間、飲まず食わずでも生き延び、新鮮でおいしい肉を乗組員に提供してくれたからである。これらの船は、一度に数百頭ものゾウガメを捕獲していったという。トータルでは、記録に残っているだけでも4万頭、それ以外も含めると20万頭ともいわれている。

 また、海賊船や捕鯨船の乗組員が野に放ったヤギやブタといった家畜が野生化した。これら外来動物との食料の競合、卵や子ガメの食害などによりゾウガメは圧迫されていった。19世紀末から20世紀初めにかけては、カメ油をしぼるためにもゾウガメは殺された。船員だけでなく住民の食料にもなったという。

 その結果、ガラパゴスゾウガメ15亜種中、フロレアナ島、サンタ・フェ島、フェルナンディナ島、ラビダ島の4亜種はすでに絶滅した。現存する11亜種のうちピンタ島種はチャールズ・ダーウィン研究所で保護されている1頭を残し、野生では絶滅している(ゾウガメの種数については3-4参照)。

 かつてゾウガメは、ほ乳類、捕食動物のいないガラパゴスにおいて生態系の頂点に君臨していたが、20世紀中盤には、その将来が危ぶまれていた。1954年と1957年にガラパゴスを訪れて調査したアイブル・アイベスフェルトは、その著書で「すべての固有種のうちでカメが一番虐げられていることがはっきりとわかる」と述べている。

 ユネスコは、アイベスフェルトらの調査報告にもとづき、新たな自然保護法制の制定を提言し、生物学研究所の設立を支援した(Appendix 3参照)。こうした科学者の働きかけにより、「種の起源」発刊100周年にあたる1959年に、ガラパゴス国立公園国際NGOチャールズ・ダーウィン財団の設立が実現した。さらに5年後の1964年に、サンタ・クルス島にチャールズ・ダーウィン研究所が完成し、ようやくガラパゴス保全の体制が整ったのである。

ゾウガメ王国の復活を目指して

 チャールズ・ダーウィン研究所が取り組んだ最初の、そしてもっとも成功したプログラムがゾウガメの保護増殖事業である。当時、とくに危機的だったのがピンソン島とエスパニョラ島である。

 ピンソン島では成体が100頭以上発見されたが子ガメはいなかった。侵入し野生化したクマネズミが、まだ小さくて甲羅が柔らかい子ガメを食べてしまっていたのだ。エスパニョラ島ではメス12頭とオス2頭の計14頭を残すまでに追いつめられていた。

 現地での外来種駆除は困難かつ長期間を要するため、ピンソン島からは卵を、エスパニョラ島からは生き残りの14島を研究所に持ち帰り、繁殖を試みることとなった。

 

孵化温度による産み分け

 研究所の孵卵器で温度管理し孵化させた子ガメは、体がある程度まで大きくなり、甲羅が固くなるまで数年間飼育した後、元の島に戻される。したがって、孵化率と人工飼育下での生存率を上げることが重要な課題となる。

 当初屋外の木箱孵卵器が使われていたが温度管理ができないため、研究所で自前の孵卵器を開発し、孵化温度と性比(オスとメスの比率)や孵化日数の関係を研究した。その結果、オスを得るためには28度、メスを得るためには29.5℃が適していることがわかり、孵化率も25%から50%に向上した。

 また、日光に当たらないと甲羅が固くならないことがわかったので、屋内から屋外への飼育に切り替えられた。20年以上もかけてこうした地道な基礎研究と飼育技術向上の結果、現在では生存率も95%以上となった。

 飼育された最初の5頭の子ガメがピンソン島に戻されたのは1970年である。以来、40年にわたる保護増殖事業で元の生息地に戻された子ガメは5千頭近くに達する。加えて、ヤギなどの外来種対策も成果をあげ、ゾウガメの個体数は大幅に回復し、現在では約2万頭を数えるまでになっている。

 現在、サンタ・クルス島だけでなく、サン・クリストバル島、イサベラ島にも保護増殖施設が設置されている。

ゾウガメ生息数の回復と主な脅威

資料:推定生息頭数はガラパゴス国立公園管理局ホームページ(http://www.galapagospark.org/programas/parque_nacional_nativas_endemicas_tortugas.html)、保護増殖事業で戻した頭数はダーウィン財団資料より。
ゾウガメ生息数の回復と主な脅威

ゾウガメ飼育舎と子ガメ

上/サンタ・クルス島施設の旧飼育舎、中央/サンタ・クルス島施設のエスパニョラ種2006年生まれの子ガメの部屋、下/サン・クリストバル島の保護増殖センターの子ガメ。

ゾウガメ飼育舎と子ガメ