ガラパゴスの生き物たちが独自の進化を遂げ、子孫を残してこられた理由は、これまで見てきたとおりである。長い年月を経て、ガラパゴス諸島は、ここで暮らす生き物たちにとって楽園となった。
ガラパゴス諸島を代表する生物といえば、ゾウガメである。「Galápago」とは、元々スペイン語で「鞍」を意味し、そこから甲羅に鞍の形を持つゾウガメが「ガラパゴ」と呼ばれ、諸島は「ゾウガメの島々=Islas Galápagos」と呼ばれるようになった。ガラパゴスゾウガメは世界最大のリクガメであり、大きい個体で体長は150cm、体重は250kgにおよぶ。草食動物であるが、天敵がほとんどいないガラパゴスでは、陸上生態系の最上位にあり、欠かせない位置を占めている。
和名 ガラパゴスゾウガメ
英名 Galapagos Giant Tortoise
学名 Geochelone nigra
全長・体重 最大150cm/250kg
分布 主要な島(1つの島または火山ごとに1亜種)
生息数 20,000
上/甲羅が“ドーム型”をしているサンタ・クルス島亜種(野生)。下/“鞍型”のエスパニョラ亜種。ダーウィン研究所で飼育されている個体(笠木朗撮影)。
ガラパゴスゾウガメは、これまで正式に名前が付いた15の亜種に分類されるが、このうち4亜種はすでに絶滅しているため、現在は11亜種が存在する(それぞれを「種」とする説もある)。1つの島あるいは火山に1亜種が分布しており、地理的に隔離されたことが、種の分化を引き起こしたと考えられている。個体数が最も少ないのはピンタ島亜種で1頭(サンタ・クルス島で飼育されている「ロンサム・ジョージ」4-4参照、注:2012年に死亡)、最も多いのはイサベラ島アルセド火山亜種でおよそ6,000頭、全11亜種の合計では約2万頭とされている(人工保護増殖により自然に戻された個体も含む。次ページの表参照)。
各亜種の外見の違いは甲羅に顕著に表れており、その形は生息環境と相関関係がある。「ドーム型」と呼ばれる半円状の甲羅を持つ種は、ほとんどが高い標高を持つ島の高地に生息している。餌となる下草が比較的豊富で、また涼しく湿っているが、ドーム型の甲羅によって体の熱が逃げない。サンタ・クルス島亜種、イサベラ島アルセド火山亜種が典型例である。「鞍型」の甲羅を持つ種は、甲羅の中央部分が平らまたは凸凹で、首の後ろが鞍のように反っている。ドーム型より体が小さく、前肢と首が長い。乾燥した島や地域に多く生息するが、餌となる地面の草が乏しいため、高所にある多年生の木の葉や枝を主食とし、首を伸ばして食べる。サン・クリストバル島亜種、エスパニョラ島亜種、ピンソン島亜種、ピンタ島亜種など。その他の亜種はほぼ「中間型」となる。
観光では、野生のゾウガメはサンタ・クルス島、サン・クリストバル島、イサベラ島アルセド火山などで見ることができる。環境に適応して(自然淘汰)、形態が変化(進化)したとされるが、その因果関係はまだ証明されていない。
図:ガラパゴス国立公園ホームページ掲載資料および論文(Ciofiほか、2002)をもとに作成。生息数は推定値。
ゾウガメの餌の種類はさまざまで、ある研究者は排泄物から50種以上の植物を見つけている。なかでも多量の水分を含むサボテンが好物だ。消化には1〜3週間かかり、排泄物も多い。体内に水分を保持する能力が高いため、1年近くも水なしで生きるという。これは蓄えた脂肪を少しずつ代謝し、その代謝水を利用するためでもある。また変温動物であるため代謝が低く、何も食べなくても数ケ月は生きることが可能だが、植物が豊富な年や飼育下ではよく成長する。甲羅を日光に当てたり日陰に入ったりして体温を調節する。乾燥には強いが、水が嫌いなわけではない。高地にできる水たまりには、ゾウガメが水に浸かっている姿がよく見られる。体を冷やしたり、寄生虫や蚊などを避けたりするためだ。甲羅から出ている皮膚部分には、ノミやダニがつくため、フィンチやマネシツグミに近寄り、四肢を投げ出し、掃除もしてもらう。
高地にできた水たまりに入るゾウガメ。甲羅を使って体温を調整している。口は水面ギリギリに出している(サンタ・クルス島高地にて、里見嘉英撮影)。
性別は、尻尾の大きさで区別できる。オスは生殖器が尻尾の先にあるため、メスより尻尾が大きい。繁殖は3〜4月にかけて行われることが多い。交尾は、オスがメスの上に乗り、ゴーゴーという唸り声をあげ、数時間に渡り行われる。メスは地面を数10cm掘って20個ほどの卵を産み、土と尿をかけて軽く踏み固める。120〜140日後の孵化の直後には、ヘビやフクロウ、ノスリといった捕食者が待ちかまえているため、子ガメはすぐに隠れる行動をとるという。ゾウガメが成熟するのは20〜30年、寿命は正確には分かっていないが、150〜200年ほどといわれている。
体重200Kgにおよぶオスガメ(上)が、メスガメの甲羅の上に乗り、交尾が行われる(写真は90度ずれている)。オスの腹側(腹甲)は乗りやすいように大きくえぐれている(イサベラ島のゾウガメ人工繁殖センターにて、波形克則撮影)。
最近の遺伝子研究で、ゾウガメが諸島に渡ってきたのは200〜300万年前であり、ガラパゴスゾウガメと最も近縁であるのは南米大陸に生息するチャコリクガメであることが示された。インド洋のセイシェル諸島にもゾウガメが生息しているが、このゾウガメとは系統が異なるため、それぞれが独立して進化したと考えられている。チャコリクガメは、南米に生息するリクガメの中では最も小さく、乾燥に強い。ガラパゴスゾウガメとの遺伝的な距離は遠いため、両者の間には絶滅した多くの種が存在すると考えられている。
イサベラ島にある国立公園局の「ゾウガメ人工繁殖センター」のロゴ。センターの目的がダイレクトに表現されていておもしろい(赤間亜希撮影)。
同じくイサベラ島「ゾウガメ人工繁殖センター」の看板。左下には交尾中のゾウガメ、そして卵→孵化→成長の絵が描かれている(波形克則撮影)。