生態系とは、その場所に生きるすべての植物と動物、微生物、それらの間のつながり、その生物たちを支える環境、これらの全体を指す。生物同士と環境は相互に繋がっているので、大きく見ればひとつの島もまたひとつの生態系を形づくる。
ガラパゴス諸島は大陸から遠く離れた群島であるから、固有な植物や動物が数多く生息することとなった。結果、他とは違った特異な生態系が存在している。
生態系を生物相互間の「食う-食われる関係」あるいは「エネルギーの流れ」から見てみよう。太陽光をエネルギー源としている緑色植物や植物プランクトンが光合成を行って有機物を作り、その植物やプランクトンを植物食の動物が食べ、それを動物食の動物が食べる。これら動植物の死体は、地中の動物や微生物によって分解されて土に還る。
ガラパゴスの生態系を考えるときには、まず環境条件を考慮に入れなければならない。1982~83年には、百年に一度といわれるような気象の変化、大規模エルニーニョが起きた。ガラパゴスには、海洋生態系と海辺生態系と陸上生態系という三大生態系があるが、このとき、それぞれが特色ある挙動を示すことが明らかとなった。ここでは海辺生態系と陸上生態系の構造を取り上げ、続いてそれらのエルニーニョ年における挙動について述べよう。
『ガラパゴスの生態系:その不思議さを探る』(伊藤秀三2006日本ガラパゴスの会編)図6を一部改変。
海辺生態系を構成するのは、海岸で生活し繁殖するが、餌は海中から採るといった動物群だ。このときの海岸とは、渚から10m以内、遠くても数10mまでの陸地で、海塩風の影響がおよぶ範囲を指す。
この生態系を構成するおもな植物はマングローブ植物、岩石海岸ではソルトブッシュ、砂浜海岸ではノラナやグンバイヒルガオ、潮間帯から浅い海底に生える海藻類である。おもな動物は、ほ乳類ではアシカとオットセイ、ハ虫類ではウミイグアナ、海鳥では3種のカツオドリ、ペンギン、コバネウ、アホウドリ、2種のカモメ、ペリカン、フラミンゴ、2種のグンカンドリなどである。
これらの動物たちを採餌関係から大別すると、海藻食のウミイグアナ、ラグーンで甲殻類の一種アルテミアを餌とするフラミンゴ、海岸に近い海から餌を採るペンギンやコバネウ、ペリカン、アオアシカツオドリ、カモメ類、アシカやオットセイ、沖合で餌を採るアカアシカツオドリ、ナスカカツオドリ、アホウドリ、他の海鳥から餌を略奪するグンカンドリに分けられる。これらが海辺生態系のおもな構成員である。そのほか、肉食動物としてガラパゴスノスリがこの生態系の頂点に君臨する存在だ。
海辺生態系に棲息する動物の繁殖や巣づくりの場所は陸上だが、採餌場所は海中である。つまり海辺生態系は、一方においては陸上生態系に依存し、他方においては海中生態系に依存している。とくに後者の関係は餌条件に直接関わるので、その依存度は大きい。これはエルニーニョ年に顕著に現れる。
肉食動物として生態系の頂点に位置する(エスパニョラ島プンタ・スアレスにて、波形克則撮影)。
折れ線グラフを見てほしい。これはガラパゴスにおける通常年と異常気象が起こった年の気温と降水量の比較である。1982~83年に起こったエルニーニョの最盛期には、通常年に比べ、海水面は40cm上昇、海の表層水温は4℃上昇、気温は3℃上昇、年間雨量は8倍に達し、海水表層の塩分濃度は0.2%低下した。
このような環境変化に対し、海辺の陸上植物には目立った変化はなかったが、動物たちには大きな変化が現れた。総じていえば、動物の産卵率や出産率は低下し、死亡率は上昇した。それゆえ、個体群が縮小した。これらの変化は、後述する陸上生態系の変化とは対照的かつ対極的である。また、このことは海辺生態系の存在と特徴を顕著に示した。数種の動物の挙動を例にあげよう。
通常年(1965-98年平均)、エルニーニョ(1982-83年)、ラニーニャ(1985年)の比較(チャールズ・ダーウィン研究所の観測資料より)。
海辺生態系の代表的な動物はウミイグアナである。彼らは引き潮のときに露出する潮間帯の岩場に生えている海藻を餌とし、成体になるとしばしば海中に数mまで潜って海底の岩場についた海藻を食する。餌となるおもな海藻は、緑藻類(りょくそうるい)(アオサの類)と紅藻類(テングサ)である。
エルニーニョのときは、海水温が上がり塩分濃度がやや下がるので、これらの海藻は次第に姿を消していく。その結果、ウミイグアナは餌を失い、各個体はやせ細り、死亡率はあがる。とくに当年生まれの子どもウミイグアナでは死亡率80%に達した地域もあった。また海水位が上がり多量の雨も降るので、産卵すべき砂地が水浸しとなってしまい、彼らは産卵できなくなる。したがって、群れには子供が少なくなる。1982~83年のエルニーニョのときには、個体数の70%が死んだところもあった。
フェルナンディナ島プンタ・エスピノサにて(波形克則撮影)。
アシカとオットセイは小魚を餌としている。海水温が高くなったことで魚が少なくなり、アシカやオットセイはより深く潜水しなければ餌が採れなくなった。すると、肺活量が少ないオットセイ(とくにメスや子ども)は深く潜って餌を採ることができず、いっそう餌不足に陥ることになる。彼らはやせ細り、餌不足から死亡率も上がった。子どものほとんどが死亡し、メス親の30%が死んだ群れもあった。オットセイよりも肺活量の多いアシカは、より深く潜水できるので、オットセイほど深刻な影響はなかったが、肺活量の小さい子どもアシカは餌不足のため、多くが死んだ。
上/アシカの死骸(エスパニョラ島にて)、下/やせ細ったアシカの子ども(サンティアゴ島にて、奥野玉紀撮影)。
海鳥たちには、餌不足に加えて産卵場所の環境変化が大きな影響をもたらした。産み出された卵や孵化したヒナは大雨で水浸しとなり、孵化率は下がり、ヒナの死亡率は上がった。
『ガラパゴスの生態系:その不思議さを探る』(伊藤秀三2006日本ガラパゴスの会編)図11を一部改変。
陸上生態系は、海辺生態系の内陸側から山の頂上までおよび、乾燥低地生態系と湿潤山地生態系に二分することができる。両者の境界は、移行帯と高木スカレシア林帯の境界付近である(植生の垂直分布帯については2-8参照)。
乾燥低地生態系のおもな植物は、パロサントとサボテン類だ。また低木類に固有種が多いのも、この生態系の特色のひとつである。島によってはゾウガメとリクイグアナ(ともに草食性)が棲む。ダーウィンフィンチやマネシツグミも主要な構成メンバーで、肉食性のガラパゴスノスリも棲む。
湿潤山地生態系では、溶岩は風化侵食されて土壌がよく発達しており、そこに高木性スカレシアが森林を作る。その上方にはプシジューム林があり、サンタ・クルス島とサン・クリストバル島ではこれにミコニア低木群落が加わる。これらの群落のおもな下生え植物はシダ類である。動物としては、ダーウィンフィンチは棲むが、マネシツグミはいない。ガルア期(雲霧期)になると、ゾウガメが低地から移動してくる。
陸上生態系の頂点に位置するのはゾウガメだ。彼らを餌とする肉食動物がいないので、この表現は妥当である。一方、食物連鎖の頂点に位置する肉食動物といえば、海辺生態系でも頂点にいるガラパゴスノスリだ。また、個体数は少ないが、メンフクロウとコミミズクも生態系の頂点にいる肉食動物である。
1982~83年のエルニーニョのときには、陸上生態系は海辺生態系とは異なった挙動を示した。エルニーニョがもたらす大雨と高温は、土に埋もれていた植物の種子を芽生えさせ、草や木の葉を多く茂らせ、多くの花を咲かせ、多くの実や種子を実らせた。それらを餌とする昆虫もまた栄えた。その結果、植物や昆虫を餌とする小鳥(ダーウィンフィンチやマネシツグミ、ムシクイやタイランチョウなど)も通常年よりは多くの餌に恵まれ、より多く産卵し、より多くのヒナを育てた。
エルニーニョ年に海辺生態系のウミイグアナや海鳥たちが餌不足に陥ったのと対照的に、乾燥低地生態系では植物も動物も栄えた。肉食性のノスリもまた多くの餌を得た。しかし乾燥環境に適応しているサボテン類は水分を吸収しすぎて、幹が重くなり、自分の体重を支えられなくなって倒れるものもあった。湿潤高地生態系でも植物や昆虫はよく繁栄し、肉食性のメンフクロウやコミミズクは多くの餌を得た。一方、高木スカレシアの群落には大雨のために一斉に枯れたところがあった(3-15参照)。総じて、エルニーニョ年の陸上生態系は植物も動物もよく栄えたのである。
ガラパゴスでは、10年に一度くらいの頻度でラニーニャが起こる。ラニーニャのときはエルニーニョのときと対照的に、南東貿易風は強く吹き、海水温は低くなり、雨期でも雨がほとんど降らない。岸に近い海では、海藻類はよく繁茂し、魚影は濃くなり、海辺生態系のウミイグアナや海鳥たちは多くの餌を得て、よく繁殖する。ウミイグアナの子どもや鳥たちのヒナを餌として、ノスリも栄える。ラニーニャは海辺生態系を繁栄させるのである。
『ガラパゴスの生態系:その不思議さを探る』(伊藤秀三2006日本ガラパゴスの会編)図21を一部改変。
陸上生態系では雨期でも雨が降らないので、過酷な乾燥によって草は枯れ、パロサントも葉を広げることができず、花も実も少なくなり、昆虫も姿を消す。フィンチやマネシツグミは餌不足のために産卵率と育雛率(いくすう)が低下する。例外として、乾燥に強いサボテン類、乾燥にも餌不足にも耐えられるゾウガメやリクイグアナには目立った変化は見られないが、総じて低温と乾燥をもたらすラニーニャは、陸上生態系の動植物に過酷な生活を強いる。ノスリだけは、餌が少なくなった陸上生態系を離れて、海辺で多く生まれたウミイグアナの子どもや海鳥のヒナを餌として繁栄する。
以上のように、エルニーニョとラニーニャという異常気象が、海辺と陸上の生態系の特色を浮かび上がらせた。