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3-15. スカレシア 木になったキク科植物(伊藤秀三)

3-15. スカレシア 木になったキク科植物(伊藤秀三)

 スカレシアScalesia)はキク科に属するガラパゴスの固有属である。生物進化における適応放散の好例として、スカレシアはしばしばダーウィンフィンチと対比される。ダーウィンフィンチは食性と生息環境に対応して、くちばしの形や羽毛の色などの適応形質を進化させ、1種類の祖先種から14種が分化し、スカレシアでは乾燥環境と湿潤環境に対応して低木12種、高木3種へと1種の祖先種から進化している(1-3の図:「スカレシアの違いと各島分布」参照)。

スカレシアの祖先植物

 スカレシアの祖先植物がアメリカ大陸に由来することは間違いないだろうが、それが何かはまだ確定されていない。スカレシアの体細胞の染色体の研究によると、いくつかの種において2n=68であることが確認されている。68という数は、中央アメリカに分布するキク科のティトニア属(Tithonia)またはヴィグイエラ属(Viguiera)の染色体の基本数n=17の倍数であることから、この2属に近縁であると推理される。一説には、葉緑体のDNA研究から、南アメリカ大陸に分布する パッポボルス(Pappobolus)に由来するという説もあるが、いずれにせよまだ定説はない。

 スカレシアの痩果(そうか)(タンポポやヒマワリの実にあたるもの)にはタンポポの痩果にあるような冠毛(かんもう)(俗称では「わた毛」と呼ばれる)はない。したがって、祖先種が気流に乗って大陸からガラパゴスに運び込まれたのではなく、鳥の羽毛にくっついて来たものであろうと推理されている。

スカレシアは木みたいな草

 ガラパゴスは大陸から遠く離れているため、大陸から運び込まれた植物の種類は少ない。そこにスカレシアの祖先種が渡り、乾燥低地と湿潤高地に適応した低木12種と高木3種に進化した。興味深いことに、低木種も高木種も種子が発芽した当年に(条件によっては)花を咲かせる。祖先種の草的な性質を残しているのだろう。スカレシアは「木のまねをしている草」みたいな植物である。

低木スカレシア

 低木は諸島の東の島に種類が多い。サンタ・クルス島は5 種、サン・クリストバル島には3種の低木が分布する。低木の種分化は群島の東にある、起源の古い島で顕著に起こった。低木12種はいずれも乾燥低地に生育する。

スカレシア低木種

低木種クロッケリで、この種だけが舌状花を持つ(伊藤秀三撮影)。

スカレシア低木種

高木スカレシア

 高木3 種のうち、イサベラ島とフェルナンディナ島の2 種(ミクロセファラコルダータ)は花の形態や付き方(花序)からみて近縁であり、東の島に分布するペデュンクラータとは異なる。3種はどれも湿潤高地に分布し、しばしば密林を形成する。湿潤山地には他の樹種が少なく、そこにスカレシア高木種が生育する。芽生えは密生し、自己間引きを起こしながら生長し、高さ10mに達する密林を作り上げる。しかし本来、草本の性質を残している植物なので、極端に多雨のエルニーニョまたは極端に乾燥するラニーニャのような異変が起きたときに、一斉に全個体が枯死することがある。生き残った親木から種子が振りまかれると、翌年、種子が一斉に発芽し、自己間引きを起こしながら生長を続け、密林を作り上げる。こうした事例が、サンタ・クルス島のペデュンクラータ種とイサベラ島のコルダータ種で起きている。

スカレシアの高木種

高木種ペデュンクラータの林の中(伊藤秀三撮影)。

スカレシアの高木種

キク科の固有種率は75%

 スカレシアはガラパゴスを代表するキク科の固有属であるが、キク科には他にも低木の固有属が3つもある。ダーウィニオタムヌスDarwiniothamnus 、「ダーウィンの灌木」という意味)に3種2変種、レコカルプスLecocarpus)に4種、マクラエアMacraea)に1種がある。ガラパゴスに自生する種子植物85科206属500種(亜種変種を含む。以下同じ)のうち、キク科植物はひとつの科としては最多の22属56種を擁し、うち42種が固有種。つまりキク科の固有種率は実に75%に達する。ガラパゴスの種子植物を代表する、固有種がもっとも多い科である。

 キク科になぜ固有属が多いのか、なぜ固有種率が高いのかはまだ明らかにされてはいないが、ガラパゴスの植物相を検討するとき、キク科は第一に考察すべき植物群であることは間違いない。

キク科固有属3つ

写真上/キク科の固有属低木マクラエア・ラリキフォリア。 写真中/キク科の固有属低木ダーウィニオタムヌスの1 種ランキフォリウス。 写真下/キク科の固有属低木レコカルプスの1種ダーウィニー(伊藤秀三撮影)。

キク科固有属3つ