前節で述べた海洋島の独自の生物たちは、互いに関係を持ちながら独自の生態系を構成する。一般に生態系を構成する生物は、生産者(植物)、消費者(動物)、分解者(菌類、バクテリア)に分けられる。植物が光合成で無機物から有機物を合成し、その有機物を用いて動物の生活が成り立ち、最後に分解者が有機物(動植物の排泄物や遺体など)を再び無機物に戻すことで物質の循環が達成される。また、植物に始まり、草食動物、肉食動物と続いて最終的に頂点の捕食者に至る一連の「食う-食われる関係(食物連鎖)」が成立する。
ガラパゴスの生態系でまず気がつくのは、大陸で食物連鎖の頂点に君臨するオオカミ、ヤマネコ、クマなどの肉食性ホ乳類がいないことである。これらの動物たちは広大な海を越えて島に到着する機会がなかった。ガラパゴスに生息する小動物たちの祖先が島にたどり着いたとき、天敵のいないガラパゴスはまさに天国のような場所であったに違いない。ガラパゴスの生物たちは人間を恐れないが、これは彼らに危害を加える大型動物が不在であったため警戒心が進化しなかったものと考えられる。コバネウのように翼を退化させてしまう鳥が現れたのも、捕食者から逃げる必要がなく、飛べなくても十分に生きていけたからである。
次に気がつくのは、ゾウガメやリクイグアナのような大型のハ虫類が目立つことである。ゾウガメは過去の乱獲により絶滅に瀕する亜種も多いが、かつてはあふれんばかりの数のゾウガメがいたことが昔の図版などから推測できる。彼らは草を主食とするが、ガラパゴスには草食のホ乳類(ヤギ、ヒツジ、シカ、ウサギなど)が不在だったので、彼らに代わって草を主食とするゾウガメが草食動物のニッチを占めているのである。
目を植物に転じてみよう。ガラパゴスの山地の中腹には雲霧(うんむ)帯が生じやすく、そこにはスカレシア林と呼ばれる独特の森林が発達する。スカレシアはキク科の樹木で草本的な祖先種がガラパゴスに到着したあとに島で樹木化したとされている(3-15参照)。
スカレシア林は実に単純な森林である。高さ10mほどの林冠を作るのはほとんどスカレシア1種のみ、林内の低木類も10種に満たず、林床の草本類も貧弱である。ガラパゴスを領有するエクアドルの本土にはアマゾンに連なる熱帯多雨林があるが、こちらが多種多様な種類で満ち溢れているのと好対照で、同じ赤道直下の森林とは思えない単純さだ。これはペルー海流(寒流)の影響による雨の少ない気候や火山の溶岩を基岩とする未発達な土壌条件などにもよるが、一番の理由としては森林を構成する樹木の数(島に渡ってきた植物の種類)が圧倒的に少ないことがあげられる。しかも植生遷移の最終段階の極相を構成する陰樹(耐陰性を備えた樹木)が欠けているのも特徴的である。このことは動物において食物連鎖の頂点の捕食者が欠けているのと似ている。そこでガラパゴスのスカレシア林では非常に興味深い植生遷移がみられる。
大陸では植生遷移の進行にともなって陽樹林から陰樹林への交替が起こるが、陰樹を欠く海洋島では陽樹林の状態が繰り返される。耐陰性のある外来種が侵入すると陽樹にとって代わって定着してしまう。
まず、陽樹(発芽と成長に十分な光を必要とする樹種)であるスカレシアは開けた土地(新しい溶岩原など)に真っ先に進出する。成長したスカレシアは陽樹林を形成するが、上層がすっかり覆われた森林では林床の光が十分でなく、スカレシア自身の芽生えや稚樹は育たない。大陸では陽樹林の下に陰樹が進出してきて樹種の交代が起こり、最終的に陰樹林(極相林)に変わっていくのだが、ガラパゴスでは陰樹がないためにスカレシア林の樹種の交替が起こらない。一方、スカレシアは寿命が数十年と短いので、老齢化したスカレシア林はエルニーニョ年の多雨による根腐れなどがきっかけとなって一斉に枯死する。すると明るくなった林床に一斉にスカレシアの芽生えが生じて、またスカレシア林が再生していく。このようにガラパゴスのスカレシア林では、スカレシアの一斉枯死、一斉発芽による独特の植生遷移がみられる。
以上のように、ガラパゴスの生態系は本土に比べて少数の種類から構成され、かつ本土の重要なメンバーが欠けているために独特の内容を持っている。ところが人間が定住するようになって本土からさまざまな動植物(ガラパゴスにとっての外来種)を持ち込むようになると大きな問題が生じてきた。もともと不在であった食物連鎖の肉食者に相当するイヌやネコ、大型の草食動物に相当するヤギ、ウシ、ロバなどが空白のニッチに進出して猛威を振るいはじめたのである。警戒心のない在来の小動物たちは容易に捕食されて減少し、強力な草食圧に対する耐性を持たない生態系は危機的な状態(森林の後退や裸地化の進行など)に陥った。植物の世界でもスカレシアより耐陰性のある(より陰樹的な)外来種のアカキナノキやグアバなどがスカレシア林に侵入してスカレシアを駆逐しつつある。このようにもともと外来種に対する抵抗力の弱い海洋島では、大陸に比べて外来種の影響の度合いが大きいので、外来種を極力持ち込まないようにするのが肝要である。
上/単純な組成・構造のスカレシア林、下/スカレシア林(奥)と接する外来種アカキナノキの侵入した草地(手前)、アカキナノキの樹冠にはしばしば赤く色づいた葉が混じる(清水善和撮影)。