ガラパゴスに生息する陸産無脊椎動物(かたつむりなどの軟体動物や昆虫などの節足動物など)約3,000種のうち、約半数が諸島の固有種である。一方、これまでの調査によると、543種の外来の無脊椎動物が確認され、なかでも諸島の生態系に甚大な被害をおよぼす侵略的外来種として、2種のヒアリ、2種のアシナガバチ、寄生性のハエ、そしてカイガラムシの計6種が報告されている。外来の昆虫は、船や飛行機への付着あるいは食用の野菜や果物に混ざり、検疫をすり抜けて諸島に入ってくる。諸島内でも風に乗ったり観光船に付着したりして容易に拡散するため、侵入・拡散防止や駆除が難しく、保全機関も対処に頭を悩ませている。
上記6種のうち、特に植物に被害をもたらしているのがワタフキカイガラムシ(cottony cushion scale)だ。この昆虫はさまざまな種子植物に寄生して、樹液などの汁を吸う。また自身が出す蜜によって植物の幹や歯を黒く覆うことで光合成を阻害し、枝枯れや枯死を引き起こす、世界的にも被害が報告されている害虫だ。
諸島には、居住区における街路樹の移入とともに侵入したとされ、1982年に初めて確認されて以来、急速に全域に広がり、保全の手の施しようがない状態にまでなっていた。
そこでダーウィン研究所の研究者たちが検討したのがこの虫の天敵ベダリアテントウ(別名オーストラリアテントウ)の導入だ。このてんとう虫を諸島に移入し、カイガラムシを補食させることで駆除する生物防除(biological control)という手法を用いるもので、対カイガラムシでは世界中で実施され、劇的な効果が報告されている。対象が広範囲で人の手での駆除は困難であること、農薬など諸島の生態系に悪影響を与える方法はとれないことなどから、この手法に期待したのだ。
しかしこのてんとう虫は諸島にとっては外来種であり、導入にはいくつもの壁があった。海により隔離された島嶼の生物たちは、一般に外来種に対して競争力が低いとされる。生態系はひとつのまとまった世界であり、全てがつながっているため、これまで諸島に生息していなかった外来種を導入することで、生態系全体にどのような影響を与えるのか。6年間にもおよぶ試験が始まった。
上/カイガラムシによるマングローブの被害を伝える看板(1999年)。下/白く見えるのがカイガラムシ。枝がカイガラムシの蜜で黒くなっている(西原弘撮影)。
まず研究所の中に二重の実験棟を作り、試験用のてんとう虫を導入した。次に「このてんとう虫が諸島固有の昆虫を補食しないか」「在来の昆虫類と食物で競合することはないか」など、想定しうる全てのデメリットを試験した。これらの実験には、在来昆虫などの採取が必要で、島内での“虫捕り”に多くの時間を費やした。
試験の結果、このてんとう虫は、ワタフキカイガラムシだけを好んで食べることがわかった。固有のクサカゲロウと外来の蛾の幼虫もカイガラムシを補食することが確認されたが、カイガラムシの数を減らすほどではなかった。さらに、このてんとう虫を補食するフィンチ2種については、食べても影響はなく、またあまり好んでは食べないことも確認された。
実験と並行して、カイガラムシによる被害状況も調査された。寄生された植物は明らかに成長が悪く、これらの植物を食べる昆虫などにも影響を与えていた。諸島の15の島において62種の自生植物が被害を受けており、このうち16種は絶滅危惧種だった。居住区の果樹への被害も大きかった。これら生態系へのダメージと、てんとう虫を導入した場合のメリットや想定される悪影響を鑑み、研究所は初めてこの外来種の「意図的」移入を決定した。
固有のてんとう虫はカイガラムシを食べないため、移入するてんとう虫との競合がないことがわかった(竹ノ内理絵撮影)。
2002年、人が住む4つの島で、島民とともにてんとう虫を放った。島民の保全への関心を喚起するのも目的のひとつだった。
てんとう虫の効果は劇的だった。真っ黒だった植物にみるみる緑が戻り、勢いよく繁った。今のところ、移入による悪影響も報告されていない。思わぬ効果としては、この変化を島民が目の当たりにし、保全科学の現場を経験したことだった。果樹園を含め、彼らを取り巻く自然環境が改善されたことで、保全の価値を知ったのだ。これまで放たれたてんとう虫は2,000匹。カイガラムシは完全には駆除できていないが、多くの植生は被害がほとんどないレベルで安定しているという。このてんとう虫は今後も「有益な外来種」として諸島で生息することになる。
カイガラムシを食べるベダリアテントウ。
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緑に茂ったマングローブ(波形克則撮影)。