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4-5. 外来植物の駆除と植生の復元(伊藤秀三)

4-5. 外来植物の駆除と植生の復元(伊藤秀三)

非調和な植物相

 ガラパゴスの植物相には片寄りがある。例えば、キク科やマメ科の種数の比率が異常に高かったり、ヤシ科やリュウゼツラン科が欠けていたりする。このようないびつな種類構成を非調和という。その原因は、大陸から遠く離れた火山起源の群島ゆえ、大陸の植物相がまとまって移動して来ていないからである。

 生態学的にも非調和で、高木や低木の種数は極端に少なく、森林は少数の高木種や低木種から作り上げられている。例えば、スカレシア林はスカレシアのほかには高木1種、中高木1種、低木3~4種だけからできている。日本の照葉樹林が高木5~10種、低木10種以上から作り上げられているのに比べると、スカレシア林がいかに単純な構成であるかがわかるだろう。

 草原が広がる高地は、乾燥と過湿が交互にやってくる厳しい環境であるが、それに耐える樹木がないために草原となる(大陸産の樹種によってはこの自然草原に生育できる)。裏返すと、ガラパゴスにはまだ高木や低木が生えうる余地があるといえる。生態学の用語でいうと高木や低木のニッチが空いていることになる。

 このような構成のため、諸島に外来植物が持ち込まれると帰化植物となって定着しやすい。日本では帰化植物というと草本であるが、ガラパゴスでは高木や低木でも帰化植物となり山野に広がることになる。人が住む島の集落や農地の周辺では、実際にそういうことが起きてきている。

外来種アカキナノキの侵入と拡散

 アカキナノキ(アカネ科)は、マラリアの薬であるキニーネの原料植物である。マラリアを怖れた初期の移住者が、マラリアのないガラパゴスにアカキナノキを持ち込んだ。この植物は軽い種子を作る。アカキナノキが生長して花を咲かせるようになったとき、風で種子が飛ばされ始めた。

 1980年代終わり頃から、アカキナノキは高地の草原地帯に侵入し始め、約10年後には高地草原に広がり、ミコニア低木群落にも侵入した。

アカキナノキ

サンタ・クルス島メディアルナ山のミコニア低木群落に侵入していたアカキナノキは1999年に駆除されたが、2005年には枯れ木が周辺にまだ残っていた(伊藤秀三撮影)。

アカキナノキ

アカキナノキの駆除

 ダーウィン研究所は、1998年、日本の経団連自然保護基金の支援を得て、まずアカキナノキを駆除する方法を研究し開発した。それは、樹皮に鉈目を入れ、ある種の除草剤を少量だけ注入するという経費と労力が少ない効果的な方法だった。研究所と国立公園管理局が共同で、サンタ・クルス島メディアルナ山のミコニア群落からアカキナノキを除去した。この山は固有の鳥ガラパゴスシロハラミズナギドリの営巣地で、アカキナノキが侵入してからは繁殖が衰えていた。1999年にアカキナノキを完全に駆除したところ、ミズナギドリは再び盛んに営巣するようになった。

 2000年に入ると、すでに草原高地帯に広がっていたアカキナノキにもこの方法が適用され、ほぼ全域で枯らすことができた。しかし立ち枯れ木は、2009年現在、まだ残されたままになっている。それらは引き抜いて取り除かなければならない。

植物固有種の保護

 無人のサンティアゴ島では別の事態が起きていた。野生化したヤギが増えて自然植生を荒らし、植物固有種が危機にさらされていた。そのため、ヤギの駆除プロジェクトが進められた。まず、ヤギに荒らされないように固有種を含む自然植生を柵囲いして保護し、ヤギを駆除したあと、柵囲いの中で保護した植物を核として、周辺に植生の復元を進めていく。この事業も経団連自然保護基金の支援を得て、実施された。サンティアゴ島は無人島なので、その山中に柵を設置するのは容易な作業ではない。まず柵の資材、設置のためのセメント、作業人夫を船で運ばなければならない。だが、この島には幸いにも高地に泉がある。運び上げたセメントと砂を混ぜてコンクリートを作り、支柱を立て金網を張って柵をめぐらせ、その中に自然植生を保護した。一方で野生化ヤギの駆除が進められ、2007年には完全にいなくなった。現在、サンティアゴ島では、柵囲いで保護された植生を核にした植生復元が始まっている。

 サン・クリストバル島でも野生化ヤギがまだ残っている。そこには、この島にしか生育していない固有種カランドリニアとレコカルプスが同じ岩山に生育しており、ヤギの食害に脅かされていた。この岩山をまるごと柵囲いして保護することにした。

 このような固有種保護は他の島の他の種でも行っている。ガラパゴス固有種は世界中でここにしかない種類であるから、その1種が絶滅すれば地球上から1種の生物が滅びることになる。

固有種の棚囲い保護

左/サンティアゴ島の高地では野生化ヤギによる食害から絶滅危惧固有種を保護するために柵囲いが設置された(ダーウィン研究所植物学部提供)。右/柵囲いされる前の食害を受けた固有種カランドリニア(伊藤秀三撮影)。

固有種の棚囲い保護

自然植生の復元

 一度失われた自然群落は復元させなければならない。19世紀末から入植が始まったサン・クリストバル島では、頂上にエルフンコ湖という火口湖がある。周辺のミコニア群落は家畜の放牧地に変えられ、一部には帰化植物であるキイチゴ(ブラックベリー)がはびこっていた。この固有種群落の復元再生事業にも経団連自然保護基金の支援を得た。まず帰化植物を除去し、ミコニアの苗を植えつけ、自然の力で植生復元を始めさせた。失われていたミコニア群落は、近い将来にエルフンコ湖周辺に復元するであろう。

 同じような植生復元は、スカレシア林について2005年ごろからサンタ・クルス島の入植地でも始められている。