ガラパゴス諸島にはすばらしい自然と生きものの世界があり、そこは進化の実験場とも称される。1978年にユネスコより世界初の世界自然遺産に登録され、2001年にはガラパゴス海洋保護区も含めた登録となった。しかし、近年の急速な観光地化とそれにともなう人口の急増により、環境汚染や生きものへの撹乱、外来生物の移入、密漁など多くの問題が持ち上がってきた。これらに対して有効な対策が講じられていないと判断され、2007年には危機遺産に登録されてしまった。
今後、ガラパゴスがすぐれた自然や生きものの世界を維持し、あるいは取り戻し、進化の実験場とみなされ続けていくためには、これまでにも増して、保全に向けた多大な努力が必要である。そうした活動の中で、基本的に重要となるのが科学研究である。ガラパゴスの自然や生きものを含めて、生物多様性の保全は、人間の健康に対する取り組みや医療と基本的に同じで、「診断・治療・予防」の3 つの側面からなる。この3 つの側面すべてに重要なのが科学研究である。3 つの側面をひとつずつ見てみよう。
自然や生きものの保全にとっての診断とは「種や地域個体群あるいは生態系の健康状態を調べ、弱ったり痛んでいるところ、壊れている部分などを探し出す過程」である。種や個体群の場合には、個体数の減少や分布の縮小が起きていないかを重点的に調べる。数が少なくなってしまっているもの、分布の分断・縮小が進んでいるものの場合には、遺伝的多様性が十分であるかの調査が重要になることもある。生態系が対象の場合には、食う─食われるの関係、昆虫や鳥による花粉の送受粉や種子散布、異なる種の間の寄生や共生など、生物間相互作用に狂いが生じていないかを調べる。あるいはそれら諸生物と水や空気などとの関わりが変質していないかを調べることにもなる。
診断は現状を探るだけでは不十分である。現状を探る中で、個体数の減少、分布の縮小、生物間相互作用のゆがみなどを引き起こしている原因を探ることが重要だ。そのためには、人間の健康の場合と同様、診断を定期的に行う必要がある。個体数や分布の長期にわたる定期的な継続調査、いわゆるモニタリングが不可欠である。これをきちんと行っていれば、問題の発見と原因の追及を同時に行うことができる。一方、状況が思わしくない場合には、状況に応じて間隔を狭めて調査を実施し、問題の原因を早急に探り出す必要がある。
グンカンドリやペリカンなどによる争奪戦。こうした「食う―食われるの関係」も「診断」の対象(イサベラ島プエルト・ビジャミルの海岸にて波形克則撮影)。
保全における治療は、「原因を突き止めたうえで、その原因を取り除く過程」である。診断の段階で原因と推定されたものが本当にそうであるか精査したうえで、真の原因と判断されるものを取り除く。衰退、変貌がすでに著しい状況では、多くの場合、原因は単一でない可能性がある。生息地の破壊、化学物質などによる汚染、外来種の侵入などが重なり合い、個体数の減少や分布の縮小、生物間相互作用の狂いなどを引き起こしていることがある。この場合には、何がどれだけ問題の事柄に関わっているのか、あるいは複数の原因が相互にどう関わっているのかを明らかにする必要がある。
そこで保全上の治療では、想定される最善のあり方を試みる中で経過を監視し、定期的に効果を評価することが重要である。また当初から目標をきちんと定め、経過をみる中で目標の達成度を評価することが重要だ。経過が思わしくない場合には、内容を見直し、修正していく必要がある。こうした柔軟な保全・管理の方法を順応的管理という。
病気と同様に自然や生きものの場合も、回復や解消に成功したとしても、放っておけばまたもとに戻ってしまう可能性がある。そこで、悪化の道を再びたどらないように予防をしておくことが必要である。
保全上の予防は、「原因となる事柄が生じないように注意し、管理しておくこと」である。そのためにはやはり、個体数や分布、生態系の状態を監視することが重要である。ここでは可能であれば、数学的なモデル作成やシミュレーションを試み、どのような条件のもとで問題が発生しやすいかを知っておくのがよい。特に、どのような状態になると回復できにくくなるかを把握しておくことは重要である。
一連の事柄から明らかなように、自然や生きものを保全するうえで科学研究はきわめて重要である。現状を探り原因を突き止めてそれを除去し、再発防止の対策を講じる─このどの過程でも科学研究が重要な役割を果たす。ガラパゴスでは、ダーウィン研究所をはじめとして、いくつかの機関がこうした科学研究に携わっている。科学研究へのよりよい理解と、長期にわたる研究を可能にする経済支援が求められている。