高い山に登っていくと、下方で見られた植物は姿を消し、別の種類が現れてくる。これはなぜ起きるのだろうか。
日本では、100m登るごとに気温が0.6℃下がる。標高差1,000mの山に登ると、山頂の気温はふもとより6℃も低いことになる。こうした気温の低下が、海抜とともに植物が交代する原因だ。日本列島の中央部では、山麓にある常緑の照葉樹林は、中腹では落葉樹林となり、さらに上方では常緑の針葉樹林となる。さらに高い山では、頂上付近では樹木は生えず、高山帯のお花畑となる。
ガラパゴスにおいても、山に登っていくと植物の種類は入れ替わる。ところが、その原因は気温の低下よりもむしろ、降水量の増加に関係している(右表)。
ガラパゴス諸島は南東貿易風帯の中にある。貿易風が山に当たって上昇すると、運んで来た湿気が雨となって降り注ぐ。このため、低地では乾燥していてサボテンが生えているのに、山地中腹では空中湿度は高く降水量は多くなり、森林がよく発達している。ガラパゴス諸島のほぼ中央に位置するサンタ・クルス島を例に、植物の垂直分布、海抜に沿った植生帯の分化について見ていこう。
植生帯は海岸から山頂(海抜864m)に向かって、沿岸地帯(A)、乾燥低地帯(B)、移行帯(C)、湿潤山地帯(D)(この中に3 つの群落:スカレシア林(D 1)、プシジューム林(D 2)、ミコニア低木群落(D 3)がある)、草原高地帯(E)とならぶ。
島の南側は南東貿易風が直接に当たって降水量が多いのに対し、北側では降雨水量が少なく、植生帯は上方にずれ、プシジューム林とミコニア低木群落がない(図/チャールズ・ダーウィン研究所ビジターセンター展示から描く)。
海抜差わずか800mの中に、潮風の影響のもとにある沿岸地帯を加えた7つの植物群落が海抜に沿って分化し発達している。そのおもな原因は、海抜に沿った気温の低下ではなく、南東貿易風の影響と空中湿度の増加ならびに降水量の増加である。同じような植生分布は、海抜が高く貿易風の影響を直接受けるサン・クリストバル島でも確認されている。同じようにイサベラ島南部のセロ・アスール火山やシエラ・ネグラ火山でも確認されているが、ここにはミコニア群落はなく、またスカレシアは別種である。
南東貿易風は島の北側には直接当たらないので、北側斜面では空中湿度と降水量は少なく、植生帯は上にせり上がり、サンタ・クルス島の湿潤地帯上部にあるプシジューム林とミコニア低木群落は北側にはない。すなわち島の北側は貿易風のもたらす湿気と雨の影になっている。このように風下側で植生分布がせり上がっている現象は「雨影効果」と呼ばれている。
以上は、海抜が800m以上もあるような島の植生帯の話で、海抜の低い島では、貿易風が山に当たって上昇しないので雲が生じず、したがって雨は多く降らず、島全体が乾燥地帯となっている。
ひとつの島の中で、北側の植生分布に雨影効果が認められるように、南東から北西にならぶ島と島の間にも雨影効果がある。貿易風が運んでくる湿気は、南東側に位置する島の南側で多く雨となって降り、北西側に位置する島々では順次降水量は少なくなる。一番北西側に位置するイサベラ島のダーウィン火山やウォルフ火山、フェルナンディナ島では、海抜が高くてももはや貿易風がもたらす湿気はほとんど残っていないので、降水量は非常に少なく、海抜1,000mを越す高地にも、本来は乾燥低地帯に生えるサボテンが生育している。このような高地は乾燥高地帯と呼ばれている。ただしこれらの北西に位置する島々や火山は人が住む島から遠く離れた無人地帯のために、まだ詳しくは調べられていない。
『ガラパゴスの生態系:その不思議さを探る』(伊藤秀三2006日本ガラパゴスの会編)図4を一部改変。
降水量が多い湿潤山地帯では、植物はよく茂り土も肥沃である。フロレアナ島では18世紀初頭から人間が入植しはじめ、サン・クリストバル島やイサベラ島のシエラ・ネグラ火山では19世紀末から、サンタ・クルス島では1920年代から開拓が始まり、スカレシア林やプシジューム林を切り開いて農地に変えてしまった。これらの島では、スカレシア林やプシジューム林は残念ながら、もう多くは残っていない。
開発された農地では、アボカド、バナナ、スイカ、ピーマン、ネギ、肉牛や乳牛などが生産され、コーヒーの栽培も盛んである。