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2-7. 固有種率で見るガラパゴス生態系の特徴(奥野玉紀)

2-7. 固有種率で見るガラパゴス生態系の特徴(奥野玉紀)

 ガラパゴス諸島には、固有種(亜種変種含む)が多く生息している。地球上でそこにしか分布・生息していない野生の生物種のことだ。

 本節の3つの表は諸島の生物の種数と固有種率を表したものだ。固有種率とは、各分類群の中で固有種が占める割合のこと。諸島は海底火山の噴火により誕生した島々であり、誕生直後の生物種数はゼロに近い。そののち数百万年をかけて土壌が形成され、生物が渡り、生物の定着・進化を経て現在の生態系がある。表内の種数は、諸島の歴史を物語るものでもあるのだ。

植物などの固有種率

※植物はダーウィン財団データベースから計算。無脊椎動物は「ガラパゴス諸島」(伊藤秀三2002角川選書)より引用(一部改変して計算)。

植物などの固有種率

おもな無脊椎動物の固有種率

 

おもな無脊椎動物の固有種率

植物の固有種率

 さて、植物の固有種率から見ていこう。まず分類群によって固有種率に大きな違いがあることに気づく。種子植物では双子葉類の半数以上が固有種であるのに対し、単子葉類では4分の1程度である。この理由は明らかではない。種子植物に対し、胞子で増える植物(シダ植物やコケ植物)の固有種率は低く、約7%である。胞子は微小で軽く風に飛ばされやすい。南米貿易風が南米大陸からガラパゴスに向かって吹いているため、今もこの風に乗って胞子がガラパゴスに運び込まれているとすると、大陸とガラパゴスには同じ種類のシダやコケが生えることになる。シダやコケの固有種率が低いのは、このような理由によるのではないだろうか。同じことは、胞子で増える地衣植物(固有種率は約3%)にもあてはまるだろう。キノコやカビの類も胞子で増えるが、残念ながらまだ十分に研究が進んでいない。

動物の固有種率

 動物に目を移すと、一番の特徴はなんといっても陸産ハ虫類だ。諸島には、ゾウガメ(1種15亜種)、イグアナ(2属4種)などの体長1mを超える大型ハ虫類だけではなく、トカゲ(1属7種)、ヤモリ(1属6種)、ヘビ(3属4種)といったやや小型のものも生息するが、これらすべてが諸島の固有種である。 

 おもしろいことに、同じ海洋島でも、大陸から数千km離れたハワイには固有のハ虫類は生息しない、大陸からの距離がガラパゴスとほぼ同じである小笠原諸島でもトカゲが1種生息するのみだ。ガラパゴス諸島が「ハ虫類天国」となったのは、代謝が低く乾燥に強いハ虫類が、大陸から諸島への渡来と諸島の気候に耐え得たことのほか、大陸の生物相の反映、大陸~諸島間の距離、海流の強さなど、さまざまな要因が重なったことによると考えられる。

脊椎動物の固有種率

※魚類は「ガラパゴス」(伊藤秀三2002角川選書)から引用。

ハ虫類、鳥類、ホ乳類はダーウィン財団HPのデータベースからのダウンロード資料から計算、種数には全て亜種を含む。

脊椎動物の固有種率

ハ虫類に見る種分化とその要因

 ハ虫類の各種数(亜種数)を見ると、諸島内で種が分かれている(種分化)に気づく。諸島内の種分化は、ハ虫類だけでなく、ダーウィンフィンチやマネシツグミ、スカレシアやレコカルプス(キク科固有属)などでも見られる現象で、諸島の中でも東方にある(より古い)島で種分化が進む傾向にある。これは噴火から時間が経つほど進化に費やす時間が与えられること、島の風化や浸食が進んで生態系内に多様性が生まれ、その環境が進化を促すことなどが理由として考えられる。また海を容易に渡ることのできない大型動物にとっては、陸地の隆起や沈降、氷河期などに起きる海水面の上昇・下降なども分布に関係すると考えられている。固有種の誕生は、このような時間的、物理的、地理的要素などにも左右される。

鳥類の固有種率が高い理由

 鳥類の固有種率は25%あまりだが、種類では46種を数える。実際に諸島へ行くと、固有種率以上の頻度で固有の鳥に遭遇する。これはそれぞれの種が諸島の環境に適応して繁殖した結果ともいえるが、大型のホ乳類など天敵となる生物が不在であることも大きいだろう。諸島に生息する陸産ほ乳類は、木の実などを食べるネズミとコウモリのみである。この他にも生息や繁殖に淡水を必要とする両生類を欠いていることも特徴だ。

手つかずの自然と生態系

 これまでに見てきた生き物以外でも、アシカなどの海獣や陸産ホ乳類、また無脊椎動物ではカタツムリなどの軟体動物や昆虫などの節足動物で高い固有種率が見られる。これらは海流に乗ったり鳥に付着したりするなど偶然性の高い機会を利用してやってきたと考えられる。そして偶発性が高いほど、元の生息地の種と隔離される可能性も高く、結果、固有種となりやすい。

 一方、胞子が気流に乗るシダ植物、飛ぶことのできる鳥類や一部の昆虫、長距離を泳げる魚類や海産ほ乳類などは比較的容易に諸島に来ることができる。このため大陸から次々と後続部隊が来るため、固有種率が低くなったと考えられる。

 最後に特筆すべきは、諸島の自然、固有種の大部分が、いまだ手付かずの状態で残っていることだ。溶岩原の広がる大地は淡水が得にくく、諸島の発見以来数百年に渡り人間の定住を拒んできた。1900年代初頭までは人間による自然破壊が比較的少なく、また保全が始まったのも早かったため、原生の自然が残された。これにより、ダーウィンフィンチなどの進化生態学分野などの研究場所として選ばれてきた。ガラパゴスはまさに天然の実験室となって、科学的知識をくみ出し続けている。