「東洋のガラパゴス」という言葉がある。ここでいう「ガラパゴス」は、もちろんガラパゴス諸島のことを指すが、さらに「ガラパゴスと同じような生物学的な事象(適応放散的な種分化など)の起こっている場所」の意味を含む。そのような場所(特に海洋島)は世界各地に知られているが、ここでは太平洋のハワイと小笠原諸島を取り上げ、ガラパゴスと比較をしてみよう。
まず、地質の面では、ガラパゴスとハワイはホットスポットによって島が形成されたために新旧の島が列状に並んでいるのが特徴である。新しい島では現在も火山活動がみられることも共通している。それに対して小笠原は非常に古い時代の島弧活動により島の基が築かれ、その後の浮き沈みを経て現在に至った島であるため火山活動はまったくない(小笠原諸島に含まれる硫黄列島は由来が異なるので除く)。しかし、いずれの島も生物が棲める陸地として数百万年以上の歴史を持つことでは共通している。
大陸からの距離を比較すると、ガラパゴスと小笠原がいずれも本土から1,000kmほど離れた場所に位置しているのに対し、ハワイは北米から4,000㎞もの距離があり大洋中に隔絶している。また、ハワイと小笠原は直近を流れる有力な海流がないが、ガラパゴスは本土方面から西向きに流れるペルー海流の只中にある。島の大きさは、4,000m級のマウナケア山、マウナロア山を有するハワイ島(10,433㎢)が最大で、ガラパゴスの最高峰(1,707m)を持つイサベラ島はハワイ島の半分ほどの面積を有する。これに対して小笠原ははるかに小さく、最大の父島でもハワイ島の500分の1しかない。ただし、いずれも多数の属島からなる群島を形成している点は共通している。
以上のようにそれぞれ条件の異なる3つの諸島ではあるが、海洋島として長期間海洋中に隔離され、長距離散布や定着の困難さから、少数の限られた種が独自の生物相や生態系を作り上げてきたことは共通している。また、海洋島に特有の生物学的な現象(島症候群)のうち花形的存在ともいえる適応放散的な種分化においても、各諸島で次のような事例がみられる。
まず、ガラパゴスではダーウィンフィンチが13種に分化し、種ごとにさまざまな環境や食べ物に適したくちばしをもつことが知られている。同じような事例がハワイではハワイミツスイでみられる。ひとつの祖先種から分化したとされるハワイミツスイの仲間は、化石種も含めると45種にもおよび、くちばしの形態もとても同じ仲間とは思えないほど多様に変化している。これに対して、万事が地味な小笠原では、鳥類で同様の事例はみられないが、陸産貝類(カタツムリ)では100種類もの固有種が存在し、いくつかのグループで適応放散的な種分化が起こっている。
小笠原の植物は豊田(2003)、動物は小笠原自然環境研究会(1992)のデータを使用。
ガラパゴスはダーウィン財団データベース資料から計算。
ハワイは清水(1998)のデータを使用。
一般に海洋島では海を渡るのに不利な陸生の大型動物が不在であるのが特徴で、ハワイにも小笠原にも目立った在来の大型動物はいない。ところが、ガラパゴスにはゾウガメとイグアナという比較的大型のハ虫類がいて観光の目玉になっている。さらにガラパゴスには、一般に海洋島にはいないとされるヘビやネズミの固有種も存在している。
そういう意味では、ガラパゴスは世界の海洋島のなかでやや特殊な性質を持っているといえる。大陸方面からガラパゴスに向かってペルー海流が直接流れてくることが、こうした特徴を作り上げた一番大きな理由ではないかと考えられる。すなわち、本土で洪水があった際に海に流された流木などが天然のイカダとなって、その上に乗った動物を島に運んだものと推定されている。日本近海の黒潮のスピード(5ノット=時速9.3km)をもとに計算すると、1,000kmの距離をわずか5日で越えることが可能だ。
ガラパゴスの動植物は中南米との共通性が高い。動物の由来にはペルー海流が重要な役割を果たしたと考えられる。
海洋島では、生物の種類が少なく、また生態系の成り立ちや生物同士あるいは生物と環境との関係が単純であるために、生物進化などの現象がわかりやすい形でみられるといった特徴がある。この特徴はエコツアーなどを通して生物の生きざまや生態系の成り立ちを観察したり勉強したりするのに大きな利点となる。加えて、ガラパゴスはやや例外的にゾウガメ、イグアナ、ペンギン、アシカ、それにカツオドリやグンカンドリ、フラミンゴ、ペリカンなどの大型鳥類など観光客にアピールする大型の動物がおり、まさにエコツアーに最適の場所といえる。また年間を通して気候が安定しているのも利点に加えられるだろう。
生物多様性という点では単純な海洋島であるが、それぞれの条件に応じて個性豊かな独自の生態系が形成されていることが重要である。地域ごとの多様性が集まって地球全体としても生物多様性が維持できるのであり、小さな多様性は大きな多様性の一部を構成するのである。その意味で、最近IT分野でグローバル化に対応できない日本の状況を「ガラパゴス化」と揶揄(やゆ)するのをみかけるが、その用法は適切ではない。