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1-5. 現代に息づくダーウィンの理論(小野幹雄)

1-5. 現代に息づくダーウィンの理論(小野幹雄)

『種の起源』で提唱された生物進化の学説は、この150年の間に多くの曲折を経ながらも、ほぼ定着して受け入れられるようになった。創世記に代表されるキリスト教自然観との対立はあっても、今日、世界的にほぼ地歩を確立したといってよいだろう。

 しかしながら(創世記的自然観の影響がほとんどないに等しかった日本は別として)、キリスト教原理主義に近いカトリックの影響下にあるところでは、生物進化の考えは民衆のレベルでそれほど普遍的になっていない。アメリカ合衆国では現在でも、公立の学校で進化論を教えるときは、それと同等に創造説も教えることと州法で定めているところさえある。 

 日本でダーウィンの進化論が初めて紹介されたのは明治の前半、1870年代であった。それを講じた外国人教師たちは日本の学生が素直にそれを受け入れることに感心したようだが、これは日本人に反発するだけの下地がなかったというべきだろう。生物は“神による創造以来、常に親と同じ姿形で世代を重ねてきた”という「種の不変」の考えは、そもそも仏教自然観にはない思想である。

進化論にまつわる批判と理解

 進化学説、特にそのメカニズムとしての自然選択説には科学的にも、にわかには信じがたいとする反論があった。多産な生物の生存競争において、わずかな変異の優越性が選択されて種の存亡を左右するという理屈だけでは、「種」のレベルならともかく、「綱」や「門」などに相当する大きな形態の違いを引き起こすことは説明できないとする批判である。また、持って生まれる変異は本来、環境に対して中立的なものが多く、有利か不利かで選択される可能性は少ないという批判もある。変異そのものもダーウィン自身が指摘したように遺伝性を持たないのが普通である(いわゆる彷徨(ほうこう)変異)。それを補うように“遺伝する変異”としての「突然変異」も見つかったが、当時はそれだけでは進化を十分に説明するには至らなかった。

 長い時間をかけて進行する生物進化は、実験で証明することは不可能だった。よって、それに替わる歴史科学の方法として、厳密な例証と比較で立証しようとするダーウィン以来の方法論にも、“都合の良い理屈”とする批判はつきまとっていた。

ダーウィンの名がつけられた湖

火口湖のひとつ、ダーウィン湖(手前)。ただし、ダーウィンはここを訪れてはいない。奥はタグス入江(イサベラ島にて波形克則撮影)。

ダーウィンの名がつけられた湖

 1900年のメンデルの遺伝法則の再発見以降、20世紀前半はメンデル=モルガン遺伝学の全盛であった。その中で自然選択説を矛盾なく調和させる努力も進められた。この世紀の後半になって、遺伝形質をになう遺伝子の本体がDNAの塩基配列であることがわかった。その配列の乱れがさまざまな突然変異をもたらし、環境による「選択」の対象になることから、進化のメカニズムとしての自然選択が理解されようになった。

『種の起源』発刊から150年、チャールズ・ダーウィンの投げかけた生物進化の壮大な推論と、その原動力(メカニズム)としての自然選択の理論は、今改めて現代に息付いているともいえよう。

ダーウィンも見たガラパゴス

サンティアゴ島エガス海岸。1835年、ダーウィンは向こう岸の黒い溶岩流に上陸し、右手の火口丘に登った。『ビーグル号航海記』に記録がある(サンティアゴ島にて伊藤秀三撮影)。

ダーウィンも見たガラパゴス

「進化」への誤解

 生物進化について注意しておきたいことが2つある。

 ひとつは、“進化”とは良くなることばかりではなく、進歩とは別の考えであるということだ。例えば、洞窟に閉じ込められて世代を重ねた生物は、次第に眼の機能が衰え、やがては眼そのものが失われることさえある。これは眼の進歩ではなくむしろ退化だが、その動物にとっては世代を重ねて進んだ“進化”なのである。よく自動車や電気器具などで「改良の結果進化した」などと、画期的に良くなることを“進化”と呼ぶ宣伝が行われるが、本来の進化とは違った概念で使われているようだ。

 もうひとつの誤解は、進化の筋道で、ある生物の子孫が別の生物に進化したというとき、今生きている2種の生物を進化の前後にあてはめてしまうことである。例えば、人間の祖先がサルの仲間から進化したというとき、動物園などで見られるゴリラやチンパンジーをヒトの祖先と早合点してはいけない。ゴリラなどを何千代、何万代と飼育してみても決してヒトになることはない。ここでいえることは、ヒトとゴリラは遠い昔に共通の祖先を持っていたということである。共通の祖先から現生の種に至るまでの膨大な世代と時間は、ヒトにとってもゴリラにとっても同様で、ヒトもゴリラもその共通祖先から代を重ねてできた子孫であることに変わりはない。大事なことは、その長い世代の進行の間に、それぞれの生育環境が種の変化を選択し、かつ推し進めていったということだ。そしてこれこそが、ダーウィンに代表される進化理論なのである。