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4-11. ガラパゴス流エコツーリズムは管理型観光(海津ゆりえ)

4-11. ガラパゴス流エコツーリズムは管理型観光(海津ゆりえ)

自然の王国の「管理型観光」

 自然とのふれあいを求めるならガラパゴス諸島ほど魅力に富んだ土地はない。何といっても、出合う動物、植物、火山や地形などのすべてが個性にあふれている。動物たちは人をおそれないため、ごく間近で見ることができる。研究者たちの長年の調査活動によって、いつ、どこに、どのような生きものがいて何をしているのかという生物暦(フェノロジー)が明らかにされているから、観光客は、ほぼ裏切られることなく出合いたい相手にめぐり合えるのである。まさに自然の王国といえるだろう。

 ガラパゴス観光のおもなスタイルは、クルージング(船旅)だ。短いものは日帰り、長いものは2週間以上とさまざまなコースがあり、乗船客はおいしい食事や動物たちとの出合い満載の船旅をゆったりと楽しめる。だが実は、ガラパゴスの旅は、「科学的知見とアイディアを駆使して、生態系に危害を及ぼさず、観光による経済収入をしっかり確保し、かつ観光客を自然保護の協力者にしよう」という目的で組み立てられたエコツーリズムの世界的先進例であり、別名管理型観光とも呼ばれているのだ。さて、どんな仕掛けが隠されているのだろうか。

ガラパゴスのエコツアーは空港から始まる

①出発前の情報提供:ガラパゴス諸島への旅はエクアドル本土のキトかグアヤキルからの空路である。ロビーに貼られているのは諸島でのルールや移入禁止動植物のリストなど。旅は始まっている。

②入園料金制度:1998年に制定されたガラパゴス特別法に基づき、諸島に入域する者には公園入園料が課されている。12歳以上の外国人は一律100ドルと決して安くない。徴収した入園料は法にもとづいて関係機関が分配し、環境保護の財源として使用する。

③観光客向けルール:入園料支払いのときに受け取る国立公園入園許可証の裏には、観光客向けルールが印刷されている。生態系に影響をおよぼすものの持ち込みや持ち出しの禁止、破壊の禁止など、基本的なルールだ。冒頭に「守れない者は上陸を拒否されることがある」とある。観光客は知らないうちにルール遵守を約束しているわけだ。

④検疫制度:ガラパゴス諸島の生物を守るための水際での検疫制度として厳重な手荷物検査がある。違反品は即没収される。

入園料収入の分配率

外国人の入園料は100ドル、エクアドル人は6ドル。インバウンド観光と経済が結びついていることがわかる。分配される関係機関と率は図のとおり。
グラフ:ガラパゴス国立公園管理局ホームページをもとに作成。

入園料収入の分配率

ガラパゴス諸島の陸域のゾーニング

国立公園は陸域の97%を占め、観察とモニタリングだけが許される厳正保護区域が大部分を占める。

ガラパゴス諸島の陸域のゾーニング

観光事業者の管理(⑤⑥)

 手続きが終わったら、ロビーで待っている船会社にチェックインし、バスで港へ移動し、いよいよクルーズ船に乗り込む。⑤クルーズ船のライセンスは、環境配慮やガイドの雇用など多岐にわたる基準を満たした船だけに発行される。➅船の運航スケジュールは毎年初めに国立公園局や船会社などの関係機関が参加する会議で決定され、勝手にスケジュールを変更することはできない。

国立公園での行動とゾーニング

⑦グループサイズ:国立公園では、常にナチュラリスト・ガイド1人に対し16人以下のグループをユニットとして行動することが義務づけられている。場所によって同時に上陸できる許容量(キャパシティ)が異なるため、このユニットが行動単位となる。

⑧国立公園のゾーニング:ゾーニングとは空間区分のこと。陸地の97%を占める国立公園は自然度に応じてゾーニングされていて、観光客が上陸できる訪問者区域は諸島総面積の1 %未満(上記グラフ参照)。現在、70地点が上陸可能地点に選定されている。

⑨ナチュラリスト・ガイド制度:彼らは国立公園局の試験にパスしてライセンスを取得した職業ガイドである。学歴や語学力に応じてⅠ〜Ⅲのカテゴリーに分かれている。定収入が約束された憧れの職業だが、ガラパゴス特別法によりエクアドル人にのみ就労機会が与えられている。2009年6 月現在、カテゴリーⅠは203名、Ⅱは98名、Ⅲは77名が登録されている(1→Ⅱ→Ⅲの順でガイドのレベルが上がる)。

⑩⑪行動ルール:上陸中、観光客は入園時に示されたルールを遵守し、ナチュラリスト・ガイドの解説を受けながら一緒に行動する。ガイドを質問攻めにして一歩も進めないことも多い。

⑫ガイドによる環境モニタリング:国立公園局は、ガイドに、訪問先サイトの状況のモニタリングと報告を義務づけている。

増え続ける観光客

 ガラパゴス諸島で本格的な観光がスタートしたのは1969年にさかのぼる。増加の一途の観光客に自然保護上の懸念を感じた国立公園局は、ダーウィン研究所と協力して保護と利用のための管理計画をつくり、1974年に運用を開始した。それが本章で紹介したエコツーリズムの仕組みの原型である。

 ガラパゴス諸島への観光客は、以後も右肩上がりに増え続け、1979年に11,765人だった観光客は、2008年には173,420人と15倍に膨れ上がった。100ドルという入園料は欧米の文化人や富裕層には歓迎され、歯止めとなるどころか観光客を増やす要因になった。まさにエクアドル経済のドル箱である。一方で、観光業への就業を狙って移住する国民はあとを絶たず、格差社会や移入種の増加など新たな課題も生んでいる。

ガラパゴス本諸島への観光客の推移(1979-2008)

観光客数は年々増加。ガラパゴス特別法施行(1998年)後は、規制が強化されたにもかかわらず伸び率が急になった。外国人客とともに国内の観光客数も増えている。
グラフ:ガラパゴス国立公園管理局資料をもとに作成。

ガラパゴス本諸島への観光客の推移(1979-2008)